品質部門と製造部門を分ける本当の理由

モノづくりに関わっている方だと、一度は聞いたことがあると思います。

「製造部門と品質部門が分かれている」

「品質部門は製造部門から独立している」

常識のように言われるので、逆に

「なぜですか?」という新人の素朴な疑問に答えられなかったりします。

製造部門と品質部門をスポーツで例える


サッカーで例えてみます。

製造部門=プレイヤー(実際にフィールドでサッカーをする人)

品質部門=審判(サッカーのプレイには参加しない)

こう考えるといかがでしょうか?

製造部門と品質部門が同じということは、サッカーをプレイする人と審判が同じということです。

これだとやりたい放題できますよね。

「じゃあ、社長が決めたらええやん」と言われる人もいます。

たしかに一理あるように聞こえますが、これも問題があります

「社長=サッカーの主催者」です。

サッカーの主催者は、利益をあげることが仕事です。

ですので、試合が盛り上がるなら、悪質なファールをスルーするかもしれません。
勝てば儲かる方のチームに肩入れする可能性もあります。

まとめ


プレイする人(製造部門)

それを判定する人(品質部門)

売り上げや納期等でトータルに最終判断する人(社長)

が組織上で明確に分かれていると、部外者が見たときに非常に健全に見えるんです。

※ここで「製造部門だろうが品質部門だろうが、結局同じ会社から給料もらってるんだし、強くは主張できないでしょ」と思われた方は、するどいです。
突き詰めるとその通りです。
ですので、大企業では社長が暴走しないためのルールが色々と用意されています。
もちろん法律もあります。

前提


「製造部門と品質部門を分ける意味」を説明しましたが、これには前提があります。

それは「性悪説」です。

品質保証の世界では、他人を信用しないことが前提なのです。

日本ではこれに非常に拒絶反応をもたれる方が多いです。

それは、日本文化は性善説が前提だからです。

そして中小企業のほとんど(大企業でもそうですが)は、性善説でうまく業務をまわしています。

しかし、世界中でモノづくりが行われる現代では、性善説はかなり少数派、、
いやほぼないでしょう。

一方、私は無理に日本文化を他国に合わせる必要はないと思っています。

要求に応じて、日本の文化と海外の文化を使い分けて最適化を図ることが最も良い方法の1つではないかと思います。

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